安楽死の合法化など先進的な取り組みで知られるオランダが、インターネットのビデオ通信機能を活用した高齢者の在宅医療に力を入れている。高齢化で膨らむ一方の医療費を削減すると同時に、移民を含むお年寄りの社会交流を促す効果も狙っている。昨秋に発足したルッテ政権は財政改革による「小さな政府」を目指しており、ユーロ危機後の苦しい台所事情が医療の電子化に拍車をかけている格好だ。【アイントホーフェン(オランダ南部)で福島良典】
オランダ南部の工業都市アイントホーフェン郊外のドールナケールス地区。リート・ドルマンスさん(80)の一日はインターネットに接続されたテレビ前での血圧と体重の測定で始まる。
リモコン装置から測定値が医療センターに転送され、健康管理のデータとなる。緊急時には赤いボタンを押すと救急センターなどに自宅の映像が自動的に送られる仕組みだ。
「ドルマンスさん、ごきげんいかがですか」。医療センターの担当者がテレビ画面から語りかける。「今日はお客さんが多いのよ」とドルマンスさん。体重は72・8キロ。血圧はやや高めだったので、降圧剤を飲んだ。
体に張り付けた無線センサーはその日の運動で消費されたカロリーを計算する。コンピューターの画面上で点検すると、「今日の運動は必要量の81%」との結果。「でも、ここ4カ月で10キロも減ったのよ」とドルマンスさんは減量効果に満足げだ。
◇ハイテク地域実験
先端技術を活用した高齢者の在宅ケアは、アイントホーフェンを中心とする地域開発公社が試験計画として昨年10月に始めた。「電子医療実験室」と銘打ち、予算は100万ユーロ。アイントホーフェンは家電大手フィリップス社の発祥の地で、一帯は有数の工業大学や企業が集まるハイテク先進地域だ。
市中心部に特設された電子化住宅「スマートホーム」では液晶画面を備えたロボットが訪問者を出迎える。あらかじめプログラムを設定しておくと、高齢者に歩み寄り、食事の時間や薬の飲み忘れを電子音声で知らせる。
「地域で開発されたばかりの先端技術を利用者に実際に使ってもらうことが重要だ。医療の電子化からお年寄りが疎外されないようにするのも目的」。地域開発公社のピーター・ポルトハイン計画部長が説明する。
在宅医療の電子化計画に参加するのはドールナケールス地区の住民約6400人の約4%。肥満や糖尿病、心臓病などの患者が多い。月間サービス料は5~15ユーロ。現在、ビデオ通信機能で「訪問」できるのは地区の医療センターだが、5年以内に患者と家庭医をビデオでつなぐ予定だ。
◇住民交流も促進
計画には移民を含む地区住民同士の交流を促進する側面もある。オランダでは昨年6月の総選挙で、イスラム系移民の排斥を掲げる極右政党「自由党」が大躍進し、移民の社会統合問題が改めて国家の重大課題に浮上している。
人口約21万のアイントホーフェンでも、10人に1人がトルコ系移民だ。計画に参加しているアイシェ・アクトゥルクさん(59)はトルコからオランダに渡った移民第1世代。週に1度、医療センターの運動療法士がビデオ映像を通じて指導する「体操教室」で汗を流す。
近所に暮らすドルマンスさんは最近まで外出もままならず、トルコ系移民との出会いが少なかったが、「インターネットを通じて隣近所のトルコ人と話ができるようになったのがうれしい」と語る。
体調が良くなった今、アクトゥルクさんとは散歩仲間だ。
◇財政難解消へ「予防」促す
オランダ政府が高齢者医療の電子化を推進する背景には、国家財政を圧迫する医療費の増加や医療従事者の人手不足がある。ルッテ政権は医療費の抑制に努める一方、市場競争原理を導入して医療サービスの効率化を進めようとしている。
オランダ(人口約1670万人)の医療費は昨年630億ユーロ(約7兆700億円)と国内総生産(GDP)の1割を占め、今年は700億ユーロに増える見通しだ。また、2020年には看護・介護従事者の40%が足りなくなる計算で、「電子化しなければ医療が行き詰まる」(保健省高官)状況だ。
ルッテ政権は昨年9月末の連立合意で、各病院が診療料金を決める裁量を拡大し、医療分野における「民活」を推進する方針を打ち出した。スキッパース保健相は家庭医など初期診療を拡充することで医療システムの活性化を図りたい考えで、在宅医療の電子化もその一環だ。
キーワードは「自己管理」と「予防」だ。オランダ・ハーグのブロノボ病院では今年1月から、インターネット上の問診票に記入するだけで、糖尿病、高血圧など死因の7割を占める28の疾病について「危険度」を知らせ、生活習慣の改善をアドバイスする予防サービスを開発した。ドールナケールス地区の「電子医療実験室」計画では、お年寄りの自宅での「独立性」を2~3年延ばすことで、1人当たり年間約2万ユーロの「節約」を見込んでいる。
オランダ政府は12年までに糖尿病と慢性心不全について医療電子化の仕組みを整え、20年までに他の疾病の電子診断も全国で受けられるようにする目標を掲げている。
Source: 毎日新聞 2011年2月21日 東京朝刊
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